はじめに

「お話があります。お時間をください」

マネージャを経験したことのある方なら、ドキッとする言葉です。だいたいこんな深刻な感じで相談されるときは、「辞めます」といった嫌な話題だからです。

そうなってしまっては、もう手遅れ。どれだけ引き止めようとしても、気持ちが離れてしまっている人をつなぎとめておくことなどできません。マネージャとしては大打撃です。

「なぜもっと早く相談してくれなかったんだ!」「悩んでるときに相談してくれたら……」なんて後悔ばかりがつのりますが、それも後の祭り。思い返せば、気軽に相談してもらう機会なんてなかったのではないでしょうか。

昨今の働き方の見直しに対する風潮は、とかく働く時間を短くしようとするものです。働く時間を減らしつつも、どれだけ生産性を向上させるのか、それが喫緊の課題です。働き方改革関連法が2019年4月から施行されたことで、この流れは加速していくことでしょう。

長時間労働の削減や生産性の向上に取り組むことは非常に意義のあることです。無駄な会議や作業を削減したり、業務の流れを見直したりと、みなさんの職場でも取り組んでいると思います。

しかし、効率化を追求しすぎたことで、こうした問題が起こっていませんか?

  • 会話する時間もなくて、チームがギスギスしてきた
  • 仕事の進め方を見直す機会や改善の気づきが減った
  • 成果ばかり気になって、助け合いができなくなった
  • 時間に余裕がないため、部下の相談に乗れていない
  • アイデアが出なくなり、新しいことに挑戦していない
  • 人間関係が希薄になり、チームから活気がなくなった
  • お客様からクレームがくるまで問題に気づけない

生産性を追い求めることは悪いことではありません。ですが行きすぎた効率化によって、会社や職場から大切なものが失われてしまうことがあります。その結果、生産性が下がってしまうことすらあるのです。その因果関係は単純な数字で表すことができないから厄介です。

効率化の旗印のもと、ちょっとした雑談さえも禁止してしまって、黙々と手を動かすだけになってしまうとチームワークは崩壊してしまいます。上司と部下だけでなく、同僚どうしでも気持ちが通じ合わなくなり、気付いた時には手遅れになるような問題が起きてしまうのです。

では、一体どうすればいいのでしょうか。

効率化だけで崩壊しかけたチームを救った雑談と相談

私は、効率化だけを求めてチームを崩壊させかけた経験があります。

これまで多くの現場にマネージャやコンサルタントとして参加してきましたが、もともとプログラマ出身の私は、とにかく無駄なことが嫌いで効率ばかりを追求しがちでした。

そのために、自分がチームを率いてマネジメントをする場面でも、つい効率だけを追い求めてしまって失敗することがあったのです。

かつて大手システム会社の社員だった私は、なんとか自分で事業を立ち上げたいと考えていました。その念願が叶って社内ベンチャーですが起業するチャンスを会社から与えられたことがあります。

新規事業を立ち上げるミッションを掲げてチームをスタートした当時の私は、いかに効率的に成果を出すかを追求し、一切の無駄を許さないマイクロマネジメントをしていました。仕事中に雑談をするなんて、もってのほかです。

それでうまくいけば良かったのですが、新規事業を生み出すことは簡単なことではなく、効率化を求めるだけではうまくいきませんでした。

少しずつ仕事中の雑談がなくなり、職場の雰囲気も悪くなっていきました。社員からの相談もなくなり、悪い報告を致命的になってから知るようになってしまいました。社内ベンチャー存続の危機です。

その悪循環から抜け出すきっかけは、何してもうまくいかないから、もう独りよがりで考えることをやめて、思い切ってメンバーに相談してみたことでした。

「お客さんが求めてるのって、この製品そのものじゃないんですよね」
「導入後に、担当の方が社内に広めていくのが大変だって言ってました」
「製品を売り込むんじゃなくて、社内展開をサポートすれば良いかも」

私だけでは思いもよらなかったアイデアが、現場で働くメンバーから出てきたのです。そのアイデアをもとに始めた導入サポートがうまくいったおかげで、大口顧客を獲得することができ、なんと新規事業の立ち上げに成功することができました。

そこで気付いたのが、雑談と相談の大事さです。もっと早くにメンバーに相談していれば、皆に苦労をかけることもなく傷も浅くて済んだはずでした。雑談どころか相談さえできなくしていたのは他ならぬマネージャの私だったのです。大いに反省しました。

それ以来、作業の効率化だけを求めることをやめて、雑談を含めたメンバー同士の会話や相談を推奨するようになりました。そうすると、チームに活気が戻り、さらに新しいことにも挑戦する空気が生まれてきたのです。

その結果、私たちのチームになにが起きたのでしょう。

当初の事業計画よりも大幅に早く新規事業を軌道に乗せることができただけでなく、社内ベンチャーをマネジメントバイアウト(経営者による買収)という形で、自分たちの会社として独立を果たすまでに至りました。そうして創業したのが私の経営する株式会社ソニックガーデンです。

このときの経験から、アイデアを生み出して成果を上げて結果を出すために必要なのは、効率化だけを追求するのではなく、気軽に雑談と相談ができるチームでいることこそが重要だと考えるようになりました。

結果を出すチームの習慣は、雑談+相談=「ザッソウ」

結果を出すためのマネジメントには、生産性を高めるために効率化を追求することに加え、そこで生まれる余裕をうまく活用して、雑談と相談のあふれるチームにしていくことが求められていると私は考えています。

「相談はともかく、なぜ雑談まで必要なのか?」

そう不思議に思うかもしれませんが、相談しながら雑談することもあれば、雑談しているうちに相談になってアイデアが生まれることも多くあります。相談と雑談のあいだに明確な境界線を引くのは難しいのです。

それに普段から雑談さえしていない関係で、急に相談することは心理的なハードルがとても高くなります。雑談できる関係性があるからこそ、いつでも相談できるようになるわけです。

そこで私たちは、雑談と相談を分けて考えずに「ザッソウ」と呼ぶことにしました。

ザッソウとは、職場でおこなわれる気軽な相談であり、はたから見ると雑談のようにも見える「対話」です。

ザッソウには会議のようなアジェンダは必要ありません。話をする時間も決めなくてもいいし、結論だって出さなくていいのです。もちろん、それらを禁止しているわけではありませんが、気軽さを忘れないようにすることが大切です。

「雑談なんて無駄なもの」そんな思い込みを捨ててしまいましょう。チームに雑談があるから人間関係が円滑になります。気軽に相談しあって助け合うことで、チーム全体のパフォーマンスが高まります。

また、ザッソウには「雑に相談する」という意味もあります。自分なりに結論が出てから相談するのではなく、まだ考えている途中だったり、状況をつかみきれていない状態であっても相談していいのです。

結論が出てからの相談は、実は相談ではなく報告だったりして対話にならないことがあって、相談される側も身構えてしまいます。それが最初からザッソウだとわかっていれば、相談する側もされる側も安心して気軽に話をすることができます。

雑な段階で相談すると、何かつくる仕事なら早めに完成イメージを確認できて手戻りが減ります。悩みに悩んで時間を浪費するよりも、雑でも相談すれば解決の糸口が見つかるかもしれません。なにより雑談は気分転換にもなります。

とはいえ、いくら雑談が大事だとわかったとしても、なかなか「雑談いいですか?」とは言いにくいものです。一方で「相談いいですか?」となると、本題以外は話せない感じになって話しかけづらくなりますよね。

だから、雑談と相談を合わせたザッソウという言葉を使うのです。「ちょっとザッソウしない?」「今ザッソウいいですか?」――そんな風に話しかけることができたら、お互いに気軽でいいと思いませんか。

「ザッソウ」の文化を広げて働きやすい社会をつくる

ザッソウを取り入れることで、職場やチームがこんな風に変わります。

  • お互いに助け合える信頼関係が構築される
  • 共通の価値観やカルチャーが醸成される
  • メンバーのキャリアや将来への不安に対応できる
  • 素早いフィードバックで仕事の質と速度が向上する
  • マニュアル化されにくい現場の暗黙知が共有される
  • 新しいアイデアが出てきて、挑戦に前向きになる
  • 自分たちで判断して、仕事を進められる社員が育つ

たかが雑談と相談に、そんな効果があるわけが・・・と思われるかもしれません。しかし、ザッソウというコンセプトがチームに浸透して習慣化することで、確実に人間関係は変わります。そしてメンバー同士が気兼ねなくなんでも言い合えるようになれば、そのチームは結果を出すことができるのだと、私は信じています。

だから雑談と相談は、マネージャだけが取り入れてもうまくいきません。チーム全体で認識を揃えていくことが肝なのです。ホウレンソウという言葉によって、報告・連絡・相談が大事だという共通認識を持つことができたように、ザッソウという言葉にしたことで、雑談と相談に対する共通認識を持つことができるのです。

本書では「ザッソウ」という新しいコンセプトを提案しています。ザッソウを軸に、チームにまつわる様々な観点を取り上げました。本書の構成を紹介しましょう。

第1部では、従来からある「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」が現代の仕事にフィットしなくなってきていていること。だから今こそ「ザッソウ(雑談・相談)」が重要であると問題提起します。

第2部では、ザッソウが求められる背景、ザッソウを仕事の中に取り入れる方法、チームに導入することで得られる効果、目指すべき働きがいと働きやすさの両方が高いチームについて述べています。

第3部では、ザッソウしやすい職場づくりとして、良い雑談の定義から、ザッソウを生み出すハード・ソフト両面での工夫、心理的安全性を高めるためのマネジメントやリーダーの姿勢を紹介します。

第4部では、ザッソウの応用編となります。組織開発や人材育成、採用活動に業務改善といった長期的な視点に対して、どのようにザッソウが影響を及ぼすのかを解説します。最後には、ザッソウで実現したいチームの本質について考えていきます。

なお本書は「楽しい雑談の話題」や「おもしろい話し方」について書いた本ではありません。雑談と相談が、どのように仕事やチームに影響を与えるのかを書いた本です。

「仲間と助け合って、いつでも笑顔のあふれるチーム」
「率直に意見を言い合って、大きな結果を出せるチーム」
「クリエイティブなアイデアあふれる活気のあるチーム」
「働きがいと働きやすさを両立した最高のチーム」

もし、こんなチームで働きたい、自分のチームを変えていきたいと考えているならば、本書を読んでいただければ、雑談と相談がもたらす効果と、取り組むための方法を知ることができます。

本書には、これまで私と仲間たちが試行錯誤を繰り返し、ザッソウを上手にできるチームにするために取り組んできた体験からの学びをまとめています。また私たちの他に、雑談と相談をうまく活用しているチームや会社の実践的な知見も取り上げています。

チームを率いるマネージャや管理職に経営者の方はもちろん、雑談あふれる素敵なチームで働きたいと考えているメンバーの方にとっても役に立つ本になっています。

私は、ザッソウの文化が広まれば、効率重視に寄りすぎて少し窮屈になってきている今の日本社会を変えていく可能性すらあると信じています。まずは本書が、読者の皆さんのチームでザッソウを広めていってもらえる一助になれば幸いです。

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